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ヴェルサイユ宮殿と庭園とは
ヴェルサイユ宮殿は、フランスパリの南西22kmに位置するイヴリーヌ県ヴェルサイユにあり、フランス王ルイ14世によって1682年に建てられた宮殿です。フランスではヴェルサイユ城ともいわれる豪華な宮殿は、バロック建築の代表作としても有名です。
ヴェルサイユの庭園はヴェルサイユ宮殿に併設された広大な庭園であり、フランス式庭園の最高傑作ともいわれます。「ヴェルサイユ宮殿と庭園」は1979年ユネスコの世界文化遺産に登録されました。
世界遺産登録の経緯
ヴェルサイユ宮殿は5年間を要して造られた後、50年に渡り様々な手が加えられ重厚な宮殿となりました。700室を超える部屋数をもち、ルイ14世をはじめ王族や貴族が国政を議論したり社交をする場所として活用される、フランス絶対王政の象徴的建造物です。
儀式や外国からの来賓客を謁見するために使われた鏡の間は、マンサールにより(天井画はル・ブランにより)造られ、たくさんの銀製品が飾られました。1871年にはドイツ皇帝ヴェルフェルム1世の即位式が行われたほか、第1次世界大戦後の講和条約ヴェルサイユ条約が調印された場所でもあります。
ヴェルサイユの庭園は、造園家アンドレ・ル・ノートルによる設計でヴェルサイユ宮殿と同時期に、宮廷画家のル・ブランも図案に携わり約40年かけて造られました。ルイ14世は、森林や沼地を切り開いて土を運ばせ、フランス全土から木材を集め、多くの労力を費やしました。宮殿を作るのに費やした人員は25,000人であるのに対し、庭園は36,000人もの人員をかけたのです。
1,400の噴水がある噴水庭園として有名なヴェルサイユの庭園ですが、ルイ14世はそこに3つの意図を込めています。1つ目に、近くに水を引く高地がないヴェルサイユに、10km離れたセーヌ川へ揚げ水装置を設置し水を引きました。そこで自然を従わせる力があることを見せつけました。2つ目に、宮殿に貴族を強制移住させ、貴族を従わせ王の権力が絶対であることを示しました。3つ目に、民衆がヴェルサイユ庭園に入ることを許し、民衆の心をつかみました。ルイ14世は自ら「王の庭園鑑賞法」を執筆し、民衆はそれに従って庭園を鑑賞し、王の力が絶対であることを刷り込まれていきました。
人類の創造的才能を表現する傑作であり、建築、技術、芸術の発展に関し、人類の価値の重要な交流を示し、現存する伝統、思想、信仰または芸術的作品と直接にまたは明白に関連するものであるとして、1979年ユネスコの世界文化遺産に登録されました。
観光のポイント
ラトナの噴水
ラトナの噴水は、ギリシャ神話に登場するラトナが村人に泥を投げつけられながらも、太陽神アポロンを守る銅像と、アポロン像の足元の神の怒りにふれてカエルやトカゲに変えられた村人たちの像を模った噴水です。
ルイ14世は多くの貴族を強制移住させ、この噴水を見せる事で、貴族たちに「王に逆らう事は許さない」と伝えています。
太陽神アポロンの噴水
ギリシャ神話の神アポロンが天馬にひかれて海から出て、天に駆け上がろうとする様子を黄金色の彫像で表現しています。アポロンはルイ14世自身であるとし、自然を含め全てを従わせようとする意気込みが伝わります。
国名 / エリア | フランス / ヨーロッパ |
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登録年 | 1979年 / 拡張年 2007年 |
登録基準 | 文化遺産 (i) (ii) (vi) |
備考 | ■関連サイト Palace and Park of Versailles(UNESCO) |