カイロ歴史地区

Historic Cairo

カイロ歴史地区の概要

カイロ歴史地区
Photo by Don César, on Flickr

カイロ歴史地区は、エジプトの首都カイロにある世界遺産です。1979年に「イスラーム都市カイロ」として世界遺産に登録されたあと、2007年に登録エリアが拡大されるとともに「カイロ歴史地区」へと名称が変更されました。

登録された範囲は、カイロ東南部の範囲で、イスラム地区である旧市街と、カイロの街発祥の地であるオールド・カイロと呼ばれる地域です。

世界遺産登録の経緯

カイロ歴史地区
Photo by Marjorie, on Flickr

カイロは14世紀のマムルーク朝の時代に最も栄えました。とくに1363年に建造されたマンドラサモスクは、建築資材をピラミッドから調達して作られました。

現在でもカイロの人口は1167万人で東京都と同じくらいの人口を擁し、アフリカ大陸の中でも屈指の大都市です。

そのカイロの東南部に位置するオールド・カイロや、旧市街といった地域がカイロ歴史地区と呼ばれ、イスラム文化による歴史的な建造物は数多く残されていることから、1979年に「イスラーム都市カイロ」として世界遺産に登録されました。

そして登録から30年後の2007年に登録区域が拡大されるとともに「カイロ歴史地区」へと名称が変更されました。

構成資産

カイロ歴史地区
Photo by perarts85, on Flickr

カイロ歴史地区は、エジプトを流れるナイル川の東側にある新都市のさらに東に位置する「イスラム地区」と、新都市の南にある「オールド・カイロ」の2つの地区に分かれます。

その2つを合わせた大きさは、約8km×4kmにわたる区域です。

歴史

カイロ歴史地区
Photo by Laura Robertson, on Flickr

エジプトは、古代には、ナイル川を挟んで西側にあるギザに有名なピラミッドが築かれたり、あるいはカイロの南側の20kmに位置するメンフィスが首都として栄えました。

カイロでは、ファラオの王の時代に東へと伸びる運河が建造され、地中海からナイル川、カイロ、運河、紅海というルートが築かれました。

また、現在のオールド・カイロと呼ばれる地域にはローマの時代にトラヤヌスがバビロン要塞を築いたり、あるいはキリスト教の成立直後からキリスト教が普及し、各地に教会は建てられたりもしました。

639年からイスラム帝国の侵攻が始まり、643年にバビロン要塞の近くにアムン・イブン・アルアースが「フスタート」という軍事要塞が建造します。そのことはカイロのイスラム化の始まりを意味します。それにともない、エジプトの首都機能の移転が始まりました。

その後は、支配者は変わっていくものの、ナポレオンのエジプト遠征まで、カイロはイスラム王朝の支配下であり、首都として位置付けられていきました。

カイロという名称は、英語では「カーヒラ」と読みます。これは10世紀にチュニジアを拠点とするファーティマ朝が、エジプトの侵攻に成功したときにフスタートの北に、「勝利者の軍事都市」を意味する「ミスル・アル・カーヒラ」という町をつくったことに由来します。

この時代から、歴史上にカイロという名前が出てくるようになります。以降、多くの宮殿やアズハル・モスクなども建造されました。

12世紀にはアイユービ朝のサラーフ・アッディーンによりエジプトの政府機能がこのカイロに集約され、13〜16世紀のマルムーク朝の時代に十字軍の侵攻を防ぐとともに、交易で繁栄し、世界最大のイスラム都市として地位を固めました。

特徴

カイロ歴史地区
Photo by Yogibaer2001, on Flickr

カイロ歴史地区には、600を超えるモスクと、1000以上のミナレットというイスラム教の尖塔が存在し、「千の党の都」とも呼ばれます。

オールド・カイロは、ナイル川沿いにあるカイロで最も古い市街地です。7世紀に侵攻してきたイスラム勢力によりつくられた都市であるフスタートが、この地域です。現在は、キリスト教から派生したコプト教徒の人々が多く住んでおり、ギリシャ正教の修道院やユダヤ教のシナゴーグが建っています。

またローマの時代の建造物であるバビロン城も残され、この地には多くの宗教文化が混在しているのが特徴的です。

旧市街の中には、ハーン・アル=ハリーリという最も賑わうバザールがあり、活気に溢れています。

さらにこの地域は1979年の世界遺産登録時に「イスラーム都市カイロ」という名称であったことからもわかるように、もともとはイスラム地区が当初の世界遺産の区域でした。シタデルと呼ばれる要塞をはじめ、多くのイスラムの建造物が存在します。

このように、カイロ歴史地区では、古くからのイスラム文化とイスラム文化が流入する前の古い街並みの両方を見ることができるのが特徴的です。

必見ポイント

アズハル大学

アズハル大学
Photo by KMHM, on Flickr

アズハル大学は、970年にアズハル・モスクに付属するマドラサ(高等教育機関)として建設されました。名称は、預言者ムハマンドの娘であるファーティマ・アッ=ザフラーに由来し、「最も栄えある」という意味です。

現在でもイスラム最古の大学として、さらにイスラム教の宗派のひとつであるスンニ派の最高教育機関として有名です。

シタデル

シタデル
Photo by CARVALHO, Matheus, on Flickr

カイロ歴史地区のモッカタムの丘にある城壁で、1176年にアイユーブ朝の創始者のサラーフ・アッディーンによりつくられました。

十字軍の侵攻に備えて建造されたシタデルは、周囲が10m、厚さ3mの城壁に囲まれ、また防御用の円形の塔や長期にわたる籠城に備えるための巨大な井戸もつくられました。

十時軍との戦いは、1192年に休戦条約が結ばれたために、シタデルはその建設当初の役割を終えることになりますが、1218年に王宮が新しく建てられてからは、エジプトの中心地となりました。

敷地内には、シタデルの中でも最も大きな建物であるムハマンド・アリー・モスク、スレイマン・パシャ・モスク、軍事博物館などがありますが、そのほとんどはオスマン朝の時代に建てられたものです。

このようにこのシタデルの特徴は、限られた敷地内において、王朝が変わるたびに古い建物が壊され、新しい建物が建造されていくということにあるでしょう。

ムハマンド・アリー・モスク

ムハマンド・アリー・モスク
Photo by Linda Balmuth, on Flickr

シタデルの中でも最も巨大なモスクです。エジプト最後の王朝ムハマンド・アリー朝を興したムハマンド・アリーにより、1830年から27年の長い年月をかけて建設されました。

このムハマンド・アリーは、ナポレオンの侵略からエジプトを守り、エジプトの近代化に貢献した王として有名です。

モスクは、トルコのイスタンブールから建築家を招き、トルコにある世界的に有名なモスクであるアヤソフィアをモチーフとして建造されました。

そのため、巨大な複数のドームを持ち、エジプトの中でもあまり見られない珍しいモスクであることが特徴です。

イブン・トゥールーン・モスク

イブン・トゥールーン・モスク
Photo by Elias Rovielo, on Flickr

エジプトにトゥールーン朝を開いたアフマド・イブン・トゥールーンにより、879年に建造されました。

カイロに現存するモスクとしては最も古く、また最も広いモスクでもあります。

ハーン・ハリーリ

ハーン・ハリーリ
Photo by Akitoshi Iio, on Flickr

14世紀末のブルジー・マムルーク朝の初代のスルタン(王)であるバルクークの時代から始まったスーク(市場)です。

当時の姿がそのままの形で残されており、今ではカイロを訪問する観光客が必ず立ち寄る観光名所として定着しています、

スークの中は、細く曲がりくねった道が何本も分かれていて、迷路のような構造になっています。道の両側では、宝石類や金属細工、アンティーク、民族衣装や象牙細工の工芸品などが販売されています。

アル・フセイン・モスク

アル・フセイン・モスク
Photo by Rckr88, on Flickr

12世紀のファーティマ朝の時代に建設されました。モスクの名称は、イスラム教の宗派シーア派の第3代イマーム・フセイン・イブン・アリーに由来します。

エジプトの中でも、最も由緒あるモスクとして有名であり、西側にはハーン・ハリーリがあり、観光客だけでなく、市民も日常的に集う場所でもあります。

スルタン・ハサン・モスク

スルタン・ハサン・モスク
Photo by Norman Walsh, on Flickr

1356年に着工され、1363に完成したモスクです。マムルーク朝建築を代表する建造物のひとつであり、カイロで最も高い80mのミナレットがあります。ミナレットを登ると、遠くにピラミッドを見ることができます。

正面の入り口は高さ26mもあり、蜂の巣上をした緻密な鍾乳石の石飾りが施されているのが特徴です。建物には、ギザのピラミッドの表面を覆う化粧石が使われ、内部の礼拝堂には漆喰と彫刻による繊細な装飾がなされています。

モスクの内部には、4つのアーチを持つ中庭があります。チャハル・イーワーン形式と呼ばれ、中庭を中心に4つのアーケードのような回廊を配置する形式のことを指します。

中庭には、八角形の水場もあり、見所の一つとなっています。この中庭を通って奥に進むと墓廟があります。この墓は、スルタン・ハサク・モスクの建設を指示したものの、その完成前に亡くなったマムルーク朝のスルタンである、ナーシル・ハサンの棺が置かれています。

ほかにも、黄金で彩られたミフラーブ(壁のくぼみ)、モスクの象徴ともいえる55mのドームなど、多くのイスラム芸術を見ることができます。

ズウェーラ門

ズウェーラ門
Photo by James Turner, on Flickr

ズウェーラ門は、フトゥーフ者やナスル門とならびカイロに現存する旧城門の一つです。1029年に建てられ、ファーティマ建築の傑作物ともいわれます。かつては、カイロの町の最南端を守る重要な役割も担っていました。

このズウェーラとは、ファーティマ朝の時代に傭兵として駐屯していたベルベル人の部族の名前に由来しています。

美しい装飾の2つのミナレットがあり、このミナレットは隣接するアル・ムアイヤド・モスクのミナレットとして建てられました。ミナレットに登ることもでき、頂上からはカイロ旧市街を一望することができます。

アムル・イブン・アル=アース・モスク

アムル・イブン・アル=アース・モスク
Photo by Rckr88, on Flickr

エジプトに初めてつくられたモスクであり、さらにアフリカ初のイスラム寺院として、642年に建造されました。モスクの名前は、641年にエジプトを征服したアラブ軍の総司令官であるアムル・イブン・アル・アースに由来するものです。

モスクが建てられた場所は、かつてはビザンツ軍の拠点であったバビロン城を攻略するときに建てられた、テントがあったところです。ただ、建設された当時は、日干しのレンガ壁、屋根にはヤシの葉で覆っただけの質素なもので、イスラム建築の特徴であるミナレットは存在しませんでした。

街が繁栄するとともにイスラム教徒も増え、モスクも拡張されていき、ミナレットも建造されました。その後は、火災や地震などにより修復と再建を繰り返し、18世紀に現在の姿になりました。

ベン・エズラ・シナゴーグ

ベン・エズラ・シナゴーグ
Photo by stevesheriw, on Flickr

この場所は、エジプトにおけるユダヤ人の歴史を語るうえで重要な場所です。もとは、紀元前605年から506年ごろにエジプトに連れてこられたユダヤ人が建てたシナゴーグが起源となっています。

しかし一度破壊され、代わりに聖堂が建てられますが、8世紀のファーティマ朝の時代に税金が払えずに聖堂が売却されます。

その聖堂の跡地を購入した人物がアブラハム・ベン・エズラであり、彼の名前からベン・エズラ・シナゴーグとなりました。

1894年に改修工事が行われたときに、シナゴーグの地下から「ゲニザ」という文書が発見されます。これには、「ヘブライ文字アラビア語」という中世のユダヤ人だけで用いられた文字で書かれていて、ユダヤ社会を知るうえでも学術的価値の高いものです。

エル・ムアッラカ教会

エル・ムアッラカ教会
Photo by Moocha, on Flickr

エジプトで独自に発展したキリスト教の一派であるコプト教の教会です。ローマの時代につくられたバビロン城の門の一部が床に使われていて、その上に建設された(吊るされた)という意味のアラビア語である「ムアッラカ」と呼ばれるようになりました。

英語名では、「ハンキング・チャーチ」とも呼ばれます。

7世紀に建てられましたが、いったん9世紀には壊されました。その後、何回も再建と改修を繰り返し、建造時から残っているのは、教会の一部だけとなっています。

この教会の見どころは、天井でしょう。頭上には精巧な細工はなされた聖画像と舟の形をした天井を見ることができます。これはノアの箱舟をイメージしてつくられたといわれています。

聖セルジウス教会(アブ・サルガ)

聖セルジウス教会(アブ・サルガ)
Photo by Chris Kartokusumo, on Flickr

エジプト最古のコプト教の教会の一つとされます。 ローマ帝国のマクシミヌス帝の時代の303年に殉教した聖セルギウスと聖バッカスに捧げて建てられた教会です。

さらに教会のある場所は、ヘロデ王の迫害からエジプトに逃れてきた聖母マリア、まだ子どもだったイエス・キリスト、その家族らが滞在した洞窟の上に建てられました。

その後、焼失した後、何度も再建され、教会全体が新しく再建されたのは12世紀になってからのことです。

イエス・キリストの家族が過ごしたとされる洞窟は、翼廊の中央の下であるとされます。

聖ゲオルギウス教会(マリ・ギルギス)

聖ゲオルギウス教会(マリ・ギルギス)
Photo by David Lewis, on Flickr

ヘロデ王の迫害らが避難した聖母マリアとイエス・キリストら家族が、エジプトに来た際に一時的に身を寄せた場所に建てられました。

そのため、周辺にはエル・モアッラカ教会や聖セルジウス教会などのキリスト教に関係する教会が、数多く存在します。

684年に建てられたコプト教会の聖ゲオルギウス教会は、創建当時のものは4世紀につくられた広間の木製格子窓やフレスコ画の天井などほんの一部のみで、教会のほとんどは1857年に再建されたものです。

教会は、ほとんどが地下に埋もれており、内部は薄暗いですが、それがかえって厳粛さを感じさせるものとなっています。また、エジプトで唯一の、円形のドームを持つ教会としても知られています。


国名 / エリア アフリカ / エジプト
登録年 1979年
登録基準 文化遺産 (i) (v) (vi)
備考 ■関連サイト
Historic Cairo(UNESCO)

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